プロフィール

スポンサーリンク

自己紹介

名前:馬の骨
年齢:アラサー

プロフィールを見てくださり、ありがとうございます!
二郎を愛してやまないアラサーの独身男性です。

週に1度は必ず二郎に行きます。これを17年以上続けていますがいたって健康です。
健康診断でも一切異常ありません。
しかしながら、二郎を食べないと生きていけない身体になってしまいました(^^;)

行く店舗は偏っていますが、二郎に行ったときは当ブログにアップしていきたいと思っています。
二郎ライフを細く長く楽しむことをモットーに、基本的に週1のまったりペースになると思いますが、気長に見守っていただければと思います。

私と二郎との出会い

人生初のラーメン屋が「ラーメン二郎」

当時高校生だった私は、ラーメンといえば中華料理屋のラーメン、カップラーメン、インスタントラーメンしか食べたことがなかった。
純粋なラーメン屋というものに入ったことがなかったのである。

1999年3月のある日、すごいラーメン屋が出来たとの噂を聞き、早速そのラーメン屋に1人で行ってみた。
店の外には立派な花輪がいくつも飾られていたのを覚えている。黄色い看板には大きな文字で「ラーメン二郎町田店」と書かれていた。
これが、私と二郎との最初の出会いであった。

店の中には客が2人ほどしかおらず、すぐに食べられると思ったので、意を決して入った。
食券機があったので、チャーシューメンが好きだった私は「小豚」を買った。ここで「大」を買わなかった当時の自分を誉めてやりたい。
プラスチックの食券を握り締め、丸椅子に向かって歩いていく。なぜか、床がヌルヌルとしていて滑りやすかった。
椅子に座り、丸太のような腕をしたガタイのいい店主に渡した。店主はさわやかな笑顔で「いらっしゃいませ」といってくれたのを覚えている。
人生初めてのラーメン屋にワクワクソワソワしていた自分は、これから出てくるであろうラーメンを今か今かと待ち望んだ。しかし、待てど暮らせどラーメンは出てこない。
15分以上経っただろうか。なかなかラーメンが出てこないので怪訝に思っていると、店主から「ニンニク入れますか?」と聞かれた。私は、「NO」といえない典型的な日本人気質なので「はい」と答えた。

戦慄

店主が重そうなどんぶりをカウンターの上に「どんっ」と乗せてくれた。
そのラーメンを見るなり私は驚愕した。もやしとキャベツがてんこ盛りで、その脇を回りこむように厚さ3センチはあろうかというチャーシューが所狭しと5個ほど入っていた。チャーシューというよりも、肉の塊といったらよいだろうか。
私はそのラーメンのあまりの異様さに面食らってしまった。こんな盛り方は漫画日本昔話でしか見たことがなかった。これまで食べたことのあるカップヌードルとも違うし、サッポロ一番とも違う。中華料理屋で出てくるシンプルな醤油ラーメンとも違う。おまけにどんぶりの外側は油でぎとぎとヌルヌルだ。スープの表面には透明な油の層が張られている。出てきた感想は「なんなのコレ?(´Д`;)」だ。
しかし、良いにおいもするし、当時は若く食べ盛りで腹も減っていたので、早速食べ始めた。
まずスープから口をつけた。今まで食べたことのない味。味が濃くて、ものすごく脂っこい。でも嫌いじゃないし、むしろ好きかもしれない。次に豚。箸で持つのも苦労するほどの大きさと重量だ。早速、豚にかぶりつく。その豚はニンニクが効いた甘辛醤油味で、しっかり味付けされていた。「うまい!なんだ、この味は!こんなに分厚いのに超やわらかい」と心の中で叫んでいた。
次に麺。この麺がなんとも恐ろしいほどの極太麺だった。(今の蓮爾登戸店の麺と同じくらいの太さだったと思います)手に持つ割り箸よりも、明らかに太かった。噛んでいると非常に顎が疲れたのを覚えている。
ラーメンは最初の3口くらいまでは、ものすごく旨かったのだが、途中でかなり飽きてきてしまった。そして、そのとてつもない麺の量に圧倒された。麺が減るどころか、途中からスープを吸って逆に増えてるんじゃないか?と思うくらい麺が減らない。
高校生の私は、「食べ物を残すとバチが当たるよ」という婆ちゃんの言いつけをしっかり守るお婆ちゃん子だったので必死に食べ続けた。
何度も心が折れそうになったが、スープ以外はなんとか完食した。
スープを残してしまったので申し訳なく「すみません」と店主に行って店を出た。店主は「ありがとうございました」と言って下さったと思う。腹が苦しくてはちきれそうになりながら、帰る途中、こう思ったのを覚えている。「旨いのは豚だけだった。それに旨いのは最初の2、3口だけで後は作業だな。もういいや。」
この時点で私は、二度と二郎に行くことはないだろうと思っていた。
ところが・・・

開眼

次の日の朝、無性にあのラーメン二郎を食べたくなっていたのである。脳裏によみがえるあの分厚い豚、凶暴な麺、そして濃厚な味。食べたくてたまらない。早く二郎に会いたい。あの気持ちは、初恋頃の頃の片思いに似ていると思う。
そしてこう決めた。「試しにあの店にもう一度行ってみよう。」それが私と二郎との長い付き合いの始まりだった。

それからというものの、3年ほどの間、週に2~3回くらいのペースで二郎町田店に通い詰めた。1日(昼と夜)で連食したこともよくあった。

普通のラーメンが旨いのはもちろんだが、町田店は独自メニューが豊富であった(当時にしては)。特に、桜海老をふんだんに使用したMO(町田オリジナル)の完成度は非常に高く、その中毒性に魅了された私は足繁く通って食べた。他にも細い平打ち麺や、油そば(正式名称は失念)などの期間限定メニューがあり、そのどれもが素晴らしいものだった。

しかし、そんな夢のような毎日も長くは続かなかった。

別れ

いつものように町田二郎に行くと店内に貼り紙が貼られていて、そこに手書きでこう書かれていた。

『私の故郷である静岡県にラーメン屋を開店するため、町田二郎は閉店します。今までありがとうございました。押忍』

うろ覚えではあるが、このような内容であった。ちなみに、「押忍」というのは店主は空手家でもあるので、最後にそう書かれていた気がする。
私に残ったのは、結婚を約束していた長年の恋人にフラれてしまった時のような、大きな喪失感であった。

ラーメン二郎町田店の最終営業日は、ゆうに50人を超える大行列ができており、店にかけつけていた総帥が「ほー!すげーなー!」と驚嘆の声をあげていたのを覚えている。

現在

いつも心のどこかで町田二郎が生きているのを感じながら、今日もどこかの二郎に足を運びます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加